INTERVIEW:Sonya Dyakova(Founder and Creative Director)



The shelves of Atelier Dyakova. © Toby Glanville


インタビュー ソニア・ダヤコヴァ
『Donald Judd, Artworks: 1970–1994』における制作プロセスとその理想形
Interview & Text:Ha Duong
Organise:David Zwirner Books
Translate:Kana Ikezawa, twelvebooks
インタビュー、構成:ハ・デュオン
企画:David Zwirner
翻訳:池澤加那、twelvebooks

Original Article:An Interview with Sonya Dyakova - The designer of Donald Judd, Artworks: 1970–1994 on process and her holy grails’ (Design Notes / David Zwirner Books)

名前:ソニア・ダヤコヴァ(Sonya Dyakova)
職業:ファウンダー、クリエイティブディレクター
スタジオ/会社:Atelier Dyakova(2011年創設)
拠点:ロンドン(イギリス)
主なプロジェクト:Nudes by David Lynch(2017年)、Digital Nudes by David Lynch (2021年) 、Lemaire(デジタルデザイン、ブランディング/継続中)、The Noma Guide to Fermentation(2018年)、Donald Judd(2019年)、Sarah Sze: De nuit en jour(2020年)、Leilah Babirye(2021年)

ウクライナに生まれ、ロシア連邦・シベリアで育ち、のちにサンフランシスコへ移り住んだグラフィックデザイナーのソニア・ダヤコヴァ。クリエイティブな家庭環境で育ったダヤコヴァの家の本棚には常にアートや建築、歴史の本が並び、幼少期には両親とエル・リシツキー(El Lissitzky)のフォトモンタージュ技法について議論したという。建築家であった両親と美術教師の祖母、テーラーや針子、写真家、彫刻家が集う親戚に囲まれながら、ダヤコヴァはヴィジュアル・ランゲージを用いて複雑なアイデアを思考し、伝えていく世界を学んだ。

ダヤコヴァは現在、すでに数々の受賞を重ねている「アトリエ・ダヤコヴァ(Atelier Dyakova)」を主宰するが、過去にはヴィンス・フロスト(Vince Frost)、「カー|ノーブル(Kerr|Noble)」、「ファイドンプレス(Phaidon Press)」(※グラフィックデザイナーである故アラン・フレッチャー(Alan Fletcher)と協働)でそのキャリアを積んだ。殊に「フリーズ(Frieze)」在籍中は、『Frieze』と『Frieze Masters Magazine』両方のリニューアルデザインを手がけた経歴を持つ。以降、〈ルメール〉との継続的なコラボレーション、世界でも名高いスカンジナビアンレストラン「ノーマ(Noma)」との企画、写真家 荒木経惟や映画監督のディヴィッド・リンチ(David Lynch)、画家のポーラ・レゴ(Paula Rego)など挙げていけばきりがないほど多くのアーティスト陣の作品集を手がけ、多彩なプロジェクトに取り組み続けている。

この度(2022年1月インタビュー時)「デイヴィッド・ツヴィルナー・ブックス(David Zwiner Books)」より刊行される『Donald Judd, Artworks: 1970-1994』は、2020年に「デイヴィッド・ツヴィルナー(David Zwiner)」で開催され好評を博した、アメリカ人アーティスト、ドナルド・ジャッド(Donald Judd)の展覧会に伴い刊行された一冊。同展のキュレーションは「ジャッド・ファウンデーション(Judd Foundation)」のアーティスティック・ディレクターを務めるフラヴィン・ジャッド(Flavin Judd)が担当した。

この本のデザインを手がけたダヤコヴァが受けたクリエイティブな影響や、お気に入りのアートブック、デザインプロセスなどについて話を聞いた。




interior spread of Sarah Sze: De nuit en jour (Fondation Cartier, 2020). © Ed Park

 

Ha Duong(以下“HD”)まずはシンプルなところからお聞きしますね。今、どんな椅子に座っていますか?

Sonya Dyakova(以下“SD”)
とても座り心地が良い椅子です!
※「ヒューマンスケール(Humanscale)」による人間工学に基づいた椅子

HD あなたがグラフィックデザインで一番大事にしていること、理想は何ですか?

SD スケールと余白です。この二つは相互関係にあります。何かをダイナミックに見せるためには余白を活かす必要があります。私が大学にいた頃タイポグラフィーの講師だったシェリ・グレイ(Cheri Gray)氏が、フリップボードを指し、そこに何かしらマークを一つ描くという課題を出しました。すぐに、私の中でさまざまな疑問が浮かび上がりました。マークはどこにあるべきか?どんなマークなのか?どのくらいのスペースを取るべきか?デザイナーの仕事というのは、このような「位置付け」に関する問いと向き合うことなのです。デザインが不自然である時は、余白がきちんと考慮されていないことが原因である、そんなことがよくあります。

HD あなたのデザインに影響を与えている人物は誰でしょうか?

SD アンドレイ・タルコフスキー(Andrei Tarkovsky)は素晴らしい映画監督ですね。彼の作品について話し始めると、語り尽くせなくなるほどです。『Sculpting in Time』(1984年)でタルコフスキーは、クリエイティビティの条件とアーティストの役割について、「もしアートを創り出すための理想的な条件が存在するならば、アートというものは存在しないであろう」と書いています。理想的な条件なんてない。常に困難なのです。そう、人生は困難!そんな状況の中でも、アーティストは美しいもの、意味のあるものを作り出さないとならない。神から与えられたような素晴らしいもの、つまり自分が望んでいるものと現実との間に存在する緊張感、それこそが芸術です。完璧な状態を待っていては駄目なのです!



NOSTALGHIA (1983) - Final Scene by Classic Flicks on YouTube


タルコフスキーの『Nostalghia』(1983年)という映画に、主人公がプールの端から端までろうそくの火を消さないように持って歩くシーンがあります。それがすごくシュールで。穏やかでありながら、信仰に対する大胆で反骨的な行為なのです。タルコフスキーはこのように象徴的な画を創り出してきました。ストーリーや構想よりも、登場人物の内なる世界を伝えることにこだわっていたようです。

しばらく前に読んだ一冊があって、父が持っていた70年代のル・コルビュジエ(Le Corbusier)の本なのですが、そこでは人がどのように都市を活用しているか論じられていました。興味深いことに、たった今関わっている「アーキズーム(Archizoom)」という建築ギャラリーのプロジェクトで私たちは全く同じ問いに直面しているのです。都市計画、大都市の役割、都市のあるべき姿、都市をどう捉えられるか、都市に住むということをどう再考するか。コルビュジエが建築家として気にかけていたことそのものでした。また、コルビュジエが自身のアイデアを伝えるために、いかにシンプルでわかりやすい言葉を使っていたかということも私は重要だと思います。

最近「デザイン・ミュージアム(Design Museum)」がシャルロット・ペリアン(Charlotte Perriand)の展覧会の折に出版したがあります。働く女性として、ペリアンの作品はとても刺激的で、彼女がどうやってあの時代にこれだけのことを成し遂げたのか不思議に思うことがよくあります。ペリアンがデザインした照明を買ったのですが、家に女性のクリエイターがデザインした作品があるというだけでとても嬉しくなりますね。


Sonya Dyakova working with a colleague in her studio. © Toby Glanville. Courtesy Atelier Dyakova.


DH 「デザイン」として認識されないものだけれど、そのデザインが好きというものはありますか?

SD 最近関わったプロジェクトで古代のお守りを見る機会がありました。実にシンプルでありながら、とても力強くてソウルフルでした。

DH 新しいプロジェクトを始める時、まずどのようなことをしていますか?

SD 私たちは言葉を出発点としています。何かを可視化する前に、そのことについて話せるようになる必要があって、何かをしたり見たりせずとも、ただ考えるだけである程度のロジックや答えに辿り着けるようにならなければいけない。

InDesignなどのデザインツールがなくても、言葉を使い頭の中で合理的にリンクさせることができるのです。もちろん制作を進める過程でビジュアルが入ってくると、別の発見ができるかもしれないですし、新しいアイデアが思いつくかもしれません。ですが、言葉を出発点とすることは理にかなったものを創り上げるためには確実な方法だと思っています。クライアントになぜその結論に辿り着いたのか説明しやすくなりますし、アイデアと考察に基づいているのでクライアントも私たちに理不尽な評価をしづらくなります。そこから、画像の編集、タイポグラフィー、素材や色でどう表現するか模索しながら、それぞれの要素のバランスを少しずつ調整していきます。


Donald Judd, Artworks: 1970–1994 (David Zwirner Books, 2022). Photos by Kyle Knodell.


DH 先日私たち「デイヴィッド・ツヴィルナー」の本もデザインしてくださいましたね。その流れも教えていただけますか?

SD ジャッドの本(『Donald Judd, Artworks: 1970–1994』)のデザインは、ほぼフラヴィン・ジャッドと私たちのスタジオとのコラボレーションのようなもので、彼は既に明確なイメージを持っていました。私がアートディレクターとしてプロジェクトを監修し、スタジオのトム・ベイバー(Tom Baber)が専属デザイナーを担当しています。フラヴィンは、本が三次元のモノとして扱われるように、文字を単純に平らなページの面に印刷するのではなく、カバーの文字が本を包み込むように、と希望していました。

ジャッドが作品を制作する時に工業用板金製造業者を利用していたことにちなみ、鉛合金を流し入れて鋳造し金属活字を作っていた時代のスタイルを持つ飾り気のない実用的なタイプフェイスを選びました。このフォントは19〜20世紀に「ABC Dinamo」というスイスの活字鋳造所が作ったアメリカのフォントを現代風にアレンジしたものです。ジャッドと近い時代と場所で生まれたということのみならず、このフォントは都合の良いことに「Marfa」という名前で、このプロジェクトには本当にぴったりでした!アメリカ的なものを求めていたのです(註:「Marfa」はアメリカの初期ゴシックフォントに着想を得ている)。このように参照するものの起源と親和性が高いことは私たちにとってすごく重要でした。外側にいる読者が見てもはっきりとは気が付かないのかもしれませんが、間違いなくこれは正しい印象に繋がります。タイポグラフィーにここまで気を配るのは、文字の形には内なるメッセージが秘めてられているからです。

私がこの本で気に入っているのは、背表紙だけで力強いグラフィックデザインだとわかるところです。一見何が書いてあるか読めなくても、なぜかその美しさが表現できている。そして本を開くと、表紙と裏表紙に書かれているタイトル全体が読めますよね。本のフチが黒いことで全体を無駄なく統一させ、シンプルな線がジャッドの作品と本との関係性を浮かび上がらせます。どうすれば一冊の本によって、作品そのものが何なのかを伝え、示唆できるのか?このデザインは、本を「本という一つのオブジェ」として捉えられることをきちんと考えているのです。

Archizoom exhibition poster by Atelier Dyakova


DH お気に入りのアートブックはありますか?

SD 「ファイドンプレス」で一緒に仕事をしていたアラン・フレッチャーが作った『Wild Flowers』という、小さく手触りにこだわった一冊があります。全然気取っていない控えめな本で、私の本棚の宝物の一つです。質感のある紙を使い、タイトルがほとんど見えないほど小さくエンボス加工されているのですが、触れるとそれを感じることができる。中は、インクにまかせて軽やかに描かれた花の水彩画が収まっています。

夫へのクリスマスプレゼントとして最近買ったのが、「ハミルトンズ・ギャラリー(Hamiltons Gallery)」が出版したアーヴィング・ペン(Irving Penn)の『Cigarettes』(2012年)です。その印刷方法、写真から構想そのものまで、本当に惚れ惚れする一冊です。タバコの吸い殻、つまりポイ捨てされたゴミを写したシリーズなのですが、ペンはそのようなものを美しい写真として昇華しています。

マイラ・カルマン(Maira Kalman)の『The Principles of Uncertainty』(2009年)は、イラストレーションが素晴らしく、パーソナルで心に残る一冊です。カルマンの心があちこちへと彷徨うのです。真っ直ぐ進まない、絶対に。カルマンが一つの物語を語り始めると、途中で別のストーリーに飛んで、また違う何かについて考え始めます。それが全て織り混ざっている。まだ11歳の娘と読むのも大好きな作品です。知らなかったいろんな人の名前や史実が出てきたら、一緒にGoogle検索しています。

2003年に出たソフィ・カル(Sophie Calle)の『Sophie Calle, M'as tu vue | Exhibition catalogue』もスタジオでよく参考にしています。しばらく前の「ポンピドゥー・センター(Pompidou Centre)」での展覧会にあわせて作られた本ですね。多くの素材を用いてさまざまなページ加工が施されています。テキストが大きかったり、小さかったり、ピンクの紙を使っていたり、色々なものが混ざり合っている。ページの途中に差し込まれているものも多くて、少しマイラ・カルマンに似ているのですが、また違う感じに仕上がっています。性質が異なる数多くの情報をこのように上手く一つにまとめるのはとても難しいですよね。この本は見ていても永遠に終わる気がしないし、ページを捲るたびに驚かされます。この本の出版社である「エディション・グザヴィエ・バラル(Éditions Xavier Barral)」は本当に素敵な本をたくさん作っています。

最後は、最近「テート・モダン(Tate Modern)」でロダン(Rodin)の展覧会を観に行った際に買った一冊です。よく見てみるとこれも「エディション・グザヴィエ・バラル」が出していて、撮影はエマニュエル・ベリー(Emmanuel Berry)が担当していました。写真がとても美しく、写真の撮り方一つで被写体に大きな影響を与えることがわかります。本当に巧みに作られているし、視覚的な空間の使い方に繊細な気遣いが感じとれます。作品は暗く、濃い黒をバックに撮影されているのですが、このような深みを出すには、相当な印刷技術が必要です。


Leilah Babirye (Stephen Friedman Gallery, 2021). © Ed Park. Courtesy Atelier Dyakova


DH この一年見た中で、最も優れたデザインだと感じたモノ、コト、展覧会などは何でしたか?

SD 先ほど話した「テート・モダン」でのロダンの展覧会は、子供たちがいなくて、一人でゆっくり鑑賞できたこともあって感動的でした。とてもよかったです。

また、「テート・ブリテン(Tate Britain)」と、その次に「ヴィクトリア・ミロ(Victoria Miro)」でも開催されたポーラ・レゴ(Paura Rego)の展覧会にも圧倒されました。レゴの作品は前から知っていましたが、一つのスペースでこんなにも多くの作品を見られたのは初めてでした。その大きさと、近距離で見られたことはより一層の力を感じました。「ヴィクトリア・ミロ」で展示を見たときには既に彼女とそこで一緒に仕事をすることを知っていたので、なおさら有意義に鑑賞できました。レゴの象徴的な表現をより観察して、そこで初めて作品の政治性にも気がつきましたし、本を作ることで彼女のバックグラウンドについても多く学びました。このように、新しいことをたくさん学べるという部分もプロジェクトに携わる中で一番好きなパートの一つですね。

DH あなたの理想のプロジェクトは?

SD 理想に近いドリーム・プロジェクトと言えるものはほぼ実現しました。ジェームズ・モリソン(James Mollison)が撮影した〈イッセイ ミヤケ〉の作品集『Session One』という本です。〈イッセイ ミヤケ〉の工芸、素材、製造と伝統技法に基づいたプロセスが私たちの制作ととても相性がよく、そういう意味でも理想のプロジェクトでした。狩猟採集と採食の文化を持ち、文化の複雑化と定住化に繋がった日本の縄文時代に、〈イッセイ ミヤケ〉は、着想を得ています。「縄文」という名称も、土器につけられていた縄の文様に由来していて、『Session One』はその最初期の日本に関連する一冊です。このような入り組んだ史実を掘り起こすのは本当に面白かった。そこで得た影響を念頭にブックデザインに挑みました。例えば、『Session One』の生地によく似たうねりを持ちつつ、自然の凸凹が残っている荒い手触りの樹皮紙を提案したりもしました。残念ながら、この本は東京での展覧会の一部で、(新型コロナウイルス感染症拡大による)パンデミックの影響で現在プロジェクトを一次中断していますが。


作品集 
「ARTWORKS 1970-1994」

作家|ドナルド・ジャッド(Donald Judd)
仕様|ハードカバー
ページ|284ページ
サイズ|178 x 254 mm
出版社|DAVID ZWIRNER BOOKS
発行年|2022年

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ソニア・ダヤコヴァ(Sonya Dyakova)
1975年、ロシア生まれ。ロンドンを拠点に活動するグラフィックデザイナーであり、「Atelier Dyakova」の主宰者。サンフランシスコで学んだ後、ロンドンに移り、「カー|ノーブル」で働いた後、2005年に「ファイドンプレス」に入社し、故アラン・フレッチャーと密接に仕事をするなかで、デザインディレクターとして現代美術やファインアート、デザイン、建築、写真に関する書籍のコミッション、アートディレクション、デザインを担当。タイポグラフィー、雑誌、書籍のデザインを専門とし、「Paper Alphabet」などの特注書体も制作している。そのアプローチは、コンセプチュアルで触覚的なディテールに強く根ざしており、新たに開発されるタイポグラフィへの実験的な試みでもある。アートディレクターズクラブ(ADC)、ニューヨークのタイプディレクターズクラブ(TDC)、AIGAから賞を受け、D&ADからもノミネートされている。2011年、アートブック『Creamier』で東京タイプディレクターズクラブ(Tokyo TDC)でグランプリを受賞した。


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